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東京高等裁判所 昭和45年(う)2353号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高橋秀夫の控訴趣意書に記載されたとおりであるからこれを引用する。

控訴趣意第一点 理由不備の主張について

所論は、原判決は先行車に追従していた被告人が先行車の急停止に対し右に必要以上に転把したことも重大な過失であると認定しているが、被告人が対向車の有無特に山本昇運転の普通乗用自動車の対進して来るのを認めていたか否かを判示していないため、被告人が先行車との追突を避けるためにとつた転把の措置によつて山本の自動車との衝突を予期し得たか否か原判文上明らかでないから、転把の措置が必要以上に右転把した重大な過失になるのか明確でない。従つて、原判決にはこの点において理由不備の違法がある、というのである。

そこで検討すると、原判決が判示第三の事実中被告人の過失について、被告人が必要以上に右転把したことも重大な過失の一つであると認定しているやにもううかがわれること、及び被告人が対向車である原判示山本昇の自動車の進行して来るのを認めていたか否かについて判示していないことは所論指摘のとおりであるが、仮に必要以上に右転把したことをも重大な過失の一つに数えたとしても、原判決挙示の証拠中被告人の司法警察員に対する供述調書によれば、被告人は前方を良く注視していなかつたことが認められ、従つて仮に被告人が右山本の車が対進して来るのを認めていなかつたとしても、対向車線(道路右側)に進出するに当つては予め対向車の有無等交通の安全を確認するのが当然であるから、その安全を確認しないままで対向車線に進出するようなことは、現実に対向車を認識していたと否とを問わず、重大な過失と認めて差支えなく、原判決には所論のような理由不備の違法はない。論旨は理由がない。

同第二点法令適用の誤りの主張について

所論は、原判決は判示第三の事実の被告人の過失について、酒酔い状態で無免許運転ないし技倆未熟な運転をしたこと自体を重大な過失と認定することなく、車間距離不保持の点と必要以上に右転把した点を重大な過失と認定し刑法第二一一条後段を適用したが、本件のように被告人が対向車の比較的少ない道路を通常の速度で先行車に追従するに当り、同車との車間距離を十分保持しなかつたとはいえ、先行車の急停止に即応して同車との追突を避けるため転把の措置をとり無事追突を避け得たのに、偶々進行して来た対向車に自車を衝突させたような状況の下では、被告人が通常人の払うべき注意を用いていれば当然本件事故の発生を予見し得べきであつたとしても、僅かな注意を払うことにより容易に本件事故の発生を認識し得たものとはいい難いから、被告人の原判示過失は未だ同条後段の重大な過失ということはできず、原判決は重過失に関する法令の解釈、適用を誤つたものである、というのである。

そこで、検討すると、原判決挙示の証拠中、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書並びに実況見分調書によれば、被告人が原判示道路(道路の舗装部分の幅員約七メートル別に両外側にそれぞれ幅員約2.4メートルの非舗装部分がある)を時速約四五キロメートルで先行車に追従したのであるが、先行車に追従するときは自車の速度に応じた車間距離を保持すべきこと、右のような車間距離を保持しないでハンドル操作によつて追突をさける場合に、自車を対向車線に進出させるときは対向車との衝突という重大な危険を招くおそれがあること、僅かな注意を払つて車間距離を保持することによつて容易にこの危険を避けられたのに、右のような注意を欠き僅々約八メートルの車間距離を保持したのみで進行し且つハンドル操作によつて追突を避けようとしていきなり対向車線に進出するような右転把をしたことは重大な過失であるといわなければならない。従つて、原判決が重大な過失に関する法令の解釈適用を誤つたとはいえない。論旨は理由がない。

同第三点訴訟手続の法令違反の主張について

所論は、原判示第三の事実の重大な過失について、訴因は先行車との安全な車間距離を保持しないで進行した点に求めているのに対し、原判決は右過失の外に、先行車が急停止したのに対し右に必要以上に転把したことも事故に直結する重大な過失であるとしているので、両者は過失の態様及び存在時点を異にしているから、このように相異なる別個の過失を併せ認定するについてはその旨の訴因の追加手続を経由すべきであるのに、その手続を欠いたのは訴訟手続か法令に違反するものである、というのである。

そこで、検討すると、原判決は本件事故の原因を被告人が時速約四五キロメートルで先行車に追従するに当り、同車が急停止などした場合に自車もこれに即応して事前に急停止できるよう十分な車間距離を保持して進行すべきであるのに、これを怠り、先行車との車間距離を僅か約八メートルに保持したのみで進行したためであると認定した上、これに加えて先行車が急停止したのに即応して急制動の措置をとらず、いきなり右転把したため、道路右側に進出して対向車である本件被害自動車に衝突したことをも重大な過失の一つとして附加したものであるが、右のうちで先行車との車間距離を十分に保持しなかつたことが第一次的乃至基本的過失というべきであり、右転把したことは第二次的乃至派生的過失として判示されたに過ぎないと認められる。そして、このような派生的過失の有無は当審における事実の取調の結果をあわせ考えても被告人の防禦に実質的な不利益を与えていないから、特に訴因の追加手続を要する場合には当らない。論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(青柳文雄 菅間英男 酒井雄介)

《原審判決》

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和四五年二月一日午後七時四〇分ころ、相模原市橋本二丁目三一番地先道路において普通貨物自動車を運転し

第二、前記日時場所において、呼気1リットルにつき0.50ミリグラム以上のアルコールを身体に保有し、正常な運転ができないおそれがある状態で前記車輛を運転し

第三、前記日時場所において前記車輛を運転し、横浜方面から八王子方面に向い、時速約四五キロメートルで進行中、同方向に進行中の普通乗用自動車に追従するにあたり、同車の動静に応じて急制動などの措置がとれるような安全な車間距離を保持し、同車が急停止または方向転換するときは、これに対応し他車輛との衝突等事故の発生を未然に回避すべく適切に把手を操作する等自車を安全に運転する注意義務があるのにこれを怠り、約八メートルの車間距離を保持するのみで進行し、かつ同車が急停止したのに対し、右に必要以上に転把した重大な過失により、自車を道路右側部分に進出させ、おりから反対方向より進行してきた山本昇(三二年)運転の普通乗用自動車に自車左前部を衝突させてその衝撃により自車に同乗する小村賢司(三一年)に加療約四八日間を要する頭部外傷等の傷害、同小村恒子(二四年)に加療約三五日間を要する頭部外傷等の傷害をそれぞれ負わせたものである。(横浜地裁第六刑事部)

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